▲注目キーワード「肉の石川」ときょうの覚え書き

みなさま グッドモーニング!

どーも昨日はなかなか寝付けませんでした。。。

このごろはネットや、その他でも「肉の石川」にまつわる事が話題になったりしているらしいんですよね、、、

それでは、「肉の石川」に関連する動画をご紹介しておきます。

【平塚】肉の石川ご紹介

へ~。。。

ちなみに・・・

【質問内容】

元東映の石川陽造投手を知ってますか? 1962年 「ことしはプロ入り一年目。なんでも思いきってやったのがよかった」と石川はいう。春のキャンプ(伊東)では張本、毒島らの主力打者に投げてフリー・バッティングの投手さえ思うようにつとまらなかったという石川が、ぐんぐん芽を出したのも思い切りのよさがあったからだそうだ。「ファームでもはじめのころは腕がちちこまったり、コントロールが荒れたりでさんざん。それが度胸をきめて強引に投げ出したら調子が出はじめちゃって・・・。あとはもう夢中でガムシャラに投げてました。桜井さん、高木さん(いずれもコーチ)らになにもいわれなかったのが不思議なくらい。調子にのって主審にかみついたことまであるけど、いまになるとずいぶんわがまましちゃったような気がするな」プロ入りしてからまた一段と肉がついたという石川が、からだに似合わぬ弱気なことをいう。しかし今季イースタン・リーグで残した成績(8勝4敗、自責点1・74)はりっぱなもの。シーズン末のイースタン・リーグ幹事会では文句なく最優秀投手に選ばれた。「あのときはもらったトロフィーがりっぱなんでびっくりするだけだったが、いまになって本当に、俺が選ばれたという実感がわいてきました。ことし一生懸命やったことが認められたわけなんですからね」こんどは努力したといった。だが少しもいやみがない。ファームの選手だけを相手なら十分といえる落ちる球を持ちながらも、スピードとコントロールをつけることに専念した実績があるからだ。しかし石川はめんどうくさいことが大きらい。学生時代にはこんなエピソードもある。試験中にめんどうくさいといって勉強せず、当日になってカンニングをすすめる友人にもめんどうくさいといって白紙の答案を出したというのだ。こんな調子だから、プロにはいってからもあまり研究というものをやったことがないらしい。「打者の研究などやったことがないですね。それにイースタン・リーグの場合は、捕手もみな若い選手ですから、たいていの場合、自信をもって「エイッ」とばかり投げ込んじゃうんです。これであんがいうまくいっちゃってたもんですから・・・」ヘラヘラと笑ってみせたが、なかなかの強心臓。同じくことし立大を中退して東映入りした二塁手青野と「いい勝負」とこれは若手選手の間でも評判。しかしその青野とは高松商時代からのよきライバル(青野は西条高)だ。「やはり青野のことは気になります。とても仲はいいんですが、それだけに負けたくはありませんからね。そのためにも来シーズンからはもっと一生懸命研究します。相手チームの打者についてはもちろん、自分のピッチングについても。これほんとうですよ」最後に念を押したからウソではないらしい。そして「一軍ではやく1勝をあげることに専念する」と腕をさする。この正月に久しぶりに実家(愛媛県伊予三島市)にも帰って気分転換をはかるという。

【ベストアンサーに選ばれた回答】

知らなかったので調べました。 高松商業高校では岡村浩二(高校卒業後、立教大学を2年で中退してプロ入り)とバッテリーを組む。 1957年、2年生の時に選抜高校野球大会へ出場、準々決勝まで勝ち進むが倉敷工の渡辺博文に抑えられ敗退。 3年時の1958年には春季四国大会決勝で徳島商の板東英二と投げ合い、両者とも得点を許さぬまま延長25回まで進み、2-0で優勝を飾る。 同年の全国高校野球選手権大会にも出場、この大会でもベスト8まで進出したが作新学院に延長11回敗退。 2年下のチームメートに控え内野手であった山口富士雄がいる。 卒業後は岡村とともに立教大学に進学、東京六大学リーグでは1年生の1959年春季リーグから活躍。 岡村以外の大学同期に太田紘一(2年で中退)がいた。しかし大学を3年で中退し、1961年暮れに東映フライヤーズへ入団。 プロ2年目の1963年には先発陣に入り、2度の完封勝利を含む自己最高のシーズン16勝を挙げる。 同年はリリーフもこなし球団最多の65試合に登板、オールスター戦にも出場した。 翌1964年も先発として起用されるが5勝に終わり、その後は登板機会が減少。 1966年からは二軍暮らしに終始し、1967年オフに引退した。シュートを武器とした。 引退後は元プロ野球選手の荒井健が開発した「鶴ヶ島ゴルフ倶楽部」の支配人になった。 通算124試合登板 24勝24敗 防御率3.65 記録 オールスターゲーム出場:1回 (1963年) 背番号 28 (1962年 – 1964年) 14 (1965年 – 1967年)

引用元

今日の知恵袋には、こんなご相談もありました。

なんとなく、どうもアクアパッツアとかのことが気になるところです。

それでは、きょうもほどほどに頑張りましょう・・・!

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